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「(久我山)一丁目(九番地一号)の夕日」です。.

投稿日2007/11/20

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この季節、一年のうちでも一番クリアな夕日を拝むことができます。
今夕も、丹沢山塊の只中に鎮まろうと完全燃焼している真っ最中でした。
 
実際には、手前にゴルフ練習場のいわゆる「鳥かご」がさえぎるようにあるのですが、その存在を感じさせないほど強く射抜いて校舎まで届いてきます。
 
話題の映画『続・三丁目の夕日』は「昭和34年」の東京を舞台としたレトロな作品ですが、いま目の前に広がる「平成」の町並みも、「夕日」一色に染まるころには、いつしか「昭和」の町並みにタイムスリップして見えてきてしまうから不思議です。
おそらく、「夕日」には、それを見つめる人にとっての懐かしい時代へすべてのものを変換してしまう不思議な力が宿っているようです。この力、残念ながら「朝日」には求めようもありません。それは「郷愁」といった感覚と背中合わせだからでしょうか。
 
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とまあ、刻々と暮れゆく西の空をながめつつひとりごちていましたら、はっと気づいたことに・・・
 
 「〈昭和〉は遠くなりにけり」
 
であります。
 
考えてみれば、在校生のうち、かろうじて最高学年の高校3年生の中に若干「昭和」生まれがいるだけで、あとはすべて「平成」生まれになってしまっていたのです。
なるほど、先に紹介したような映画が流行るわけです。
 
ところで、「夕日」のつくりだした「夕焼け空」が翌日の好天をもたらすということはよく知られているところです。
明日は、いろいろな学年でさまざまな行事がおこなわれる「イベントデー」。
どうか充実した一日となりますよう・・・。
 
 
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  〈追記〉 それでは問題です。
        「黄昏時」とは、「誰そ彼」(だれなの?あそこにいるのは?)といった
        ものの判別がしにくくなる夕刻の時間帯のことをいいますが、
        では、
 
        「かわたれどき」
 
       
とはいつの時間帯のことをさすでしょうか?

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