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手拭い.

投稿日2008/1/25

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これはいったいなんだかおわかりになるでしょうか。そうです。「寒稽古」を皆勤したものに贈られる日本「手拭い」なのです。 
 
「エエェーー、僕は剣道選択じゃないから、使い道ないよーー!」
「こらー!何を言う!少しは家事を手伝いなさい!アイロンかけの際には直接服の生地が傷まないようにカバーして重宝だし、洗いあげた食器を拭いて仕上げるのにもタオル以上に活躍するし、それ自体を乾かしながら食器類が埃を浴びないように覆うこともできるし・・・」(相当に所帯じみた説教です)
  
本日で、先週の高校2年生、今週の中学3年生と続いた「寒稽古」も無事終了、さぞかし早朝の行事だけに目に見えないところで、ご家族のバックアップがあったことでしょう。その感謝の気持をこめて、この週末ぐらいは、ぜひこの「手拭い」を有効利用して「アイロンがけ」なり「食器洗い」なりに尽力してほしいところです。
 
ところで、この「手拭い」ですが、もともと「拭う」ということばには「清める」という意味がありました。そういえば、神社の手水場に下がっているのは、きまってほかならぬ「手拭い」であったことを思い出します。
多く女性が「姉様かぶり」や「頬かぶり」をしたりして家事をこなす姿は今は昔のものとなってしまいましたが、今思えば、実に清々しい神聖なる「はたらき」の場の「角隠し」のようにも感じられます。
 
「清める」、「清々しい」といえば、そのことを今週もっとも実感したのは、この光景を目の当たりにした時でした。
 
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雪の日、本館前庭の松の枝に積もったその存在があの賢治の「心象スケッチ」を想い起こさせたのです。
 
   けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
  みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
     (あめゆじゆとてちてけんじや)
  ・・・・・・・(中略)・・・・・・・・
  ・・・ふたきれのみかげせきざいに
  みぞれはさびしくたまつてゐる
  わたくしはそのうへにあぶなくたち
  雪と水とのまつしろな二相系をたもち
  すきとほるつめたい雫にみちた
  このつややかな松のえだから
  わたくしのやさしいいもうと
 
 さいごのたべものをもらつていかう
  ・・・・・・(後略)・・・・・・
        『永訣の朝』 宮澤賢治
 
 
手を伸ばせば、そこにその存在はありましたが、なにか軽々しく触れてはならないような気がして、しばし見つめているだけにとどめたのでした。

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