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「稲むらの火」@平成22年度中学・高校合同修了式.

投稿日2011/3/19

一週間ぶりに久我山台上に「学校」が戻ってきました。
朝方のグランドにはかつてのようにボール遊びの歓声があふれ、
正門には遅刻ぎりぎりに駆け込んでくる常連組の面々が・・・。
 
さて、特別に中高合同で行うことになった《修了式》
当初はグランドが予定されていましたが、放送を通じその様子は各教室にモニターで流されました。
 
「優等賞」「皆勤賞」といった表彰では、中止となった「中学卒業式」で受賞されるはずだった中学3年生の代表者に賞状が手渡されました。
 
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次いで、学校長訓話では、まずそのはじめに、このたびの東日本大震災にて犠牲となられた方々に黙祷をささげました。
 
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◆ いま、わたしたちがすべきこと
・・・こうした危急の今だからこそ、しっかりと社会貢献できる人となれるよう若い英知を磨くべきなのではないでしょうか。世のため、人のために力を尽くすことができる総合的な人間力をみがくためにも、日々学ぶことを忘れてはなりません。
 
◆ 「稲むらの火」
・・・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が著した短編に『生ける神(A living god)』という作品があります。戦前の国語の教科書にもとられた「稲むら(稲叢・稲束)の火」のもととなった原作です。江戸は安政年間、紀州を襲った南海大津波の際、偶然に帰郷していた庄屋の濱口梧陵は、海水の干き方や井戸水の急退などから大津波を予感、自分の田んぼに積み上げてあった稲むらに火を投じて村人に急を知らせ、その命を救います。さらに私財をなげうって今なお残る防波堤を築くなど村の復興に尽力したのです。
「稲むらの火」を放った梧陵の知見は、学びの蓄積によるものにほかなりません。
 
◆ 言霊の力
・・・この国には、古くから正しくうつくしい言葉に宿る「言霊」(ことだま)への信仰がありました。
 
    しきしまの倭(やまと)の国は言霊の佐(たす)くる国真幸(まさき)くありこそ
                                 柿本人麻呂 『万葉集』
 
    倭の国は・・・言霊の幸(さき)はふ国と語り継ぎ言い継かひけり・・・
                                 山上憶良 『万葉集』
 
「言葉」を発することで無限の力が生まれます。
ゆえに、いまこうした時だからこそ、あらためて相手を思いやり、感謝の気持ちのこもったあいさつを交し合うことが大切なのです。
 
◆ 「結」のこころ
・・・こうしている間にも、原発にて命がけで働く人たちがいます。厳寒の避難所で秩序を保って助け合っている人たちもいます。
こうした人たちの姿の中に本当の「結」(ゆい)の精神の流れていることを深く感じます。
  
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その後、今年度をもって退職される5名の教職員が紹介され、
そのうち、お二人の先生に代表生徒から花束が贈られました。
 
久我山の「画伯」として、38年間の長きにわたり久我山の文化的な土壌を育み続けてこられた芸術科(美術)のS.K先生
 
  「この恵まれた『久我山』という環境の中で大いに学んでください」
 
サッカー部のコーチとして、数学の先生として、母校に戻ったたのもしい「兄貴」だった数学科のD.W先生
 
  「楽しい学園生活を求めるのではなく、あくまで学園生活を楽しむように」
 
 
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奇しくもこの日の朝、はるかシベリアから、そしてその後さらに南の国へ、その小さな体長にもかかわらず年に二度も気の遠くなるような距離を渡ってくる小さな野鳥、ジョウビタキの姿が南庭にありました。
ちなみに、その名は鳴き声が火打石を打つ音に似ていることから「火焚き(ヒタキ)」なのだとか。「稲むらの火」の梧陵の姿と重なって見えてきます。その小さくとも、逞しく賢い確かな存在感をもって。

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