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6/15 女子特別講座 高校1年「能楽」 第1回.

投稿日2010/6/16

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昨日の7時間目、小講堂にて
女子部高校1年を対象とした「特別講座」が開かれました。
 
講師は、金春流能楽師高橋忍先生。
先生は、本校第31期卒業生でもあり、現在久我山在住の現役能楽師でもいらっしゃいます。
 
 ※ 金春流 座・SQARE の情報は、こちら
 
これまでにも、毎年のように学校に足をお運びになり、生徒らに「能」の世界をご教授くださっています。
今回は、その第一回目として「能楽」の起源と歴史について、観阿弥・世阿弥父子の足跡とともにお話くださいました。
 
・「能楽の起源は、遡ること554年、推古天皇の御代、秦河勝(はたのかわかつ)によると、世阿弥は記しています。ちなみに秦河勝は、我が金春流の流祖ともされています。」
・「音楽の分類の中で、雅楽のもととなる『正楽』に対して、民間で行われた雑多な『散楽』が『猿楽』と呼ばれるようになり、すべての能力を有するもののことを「~能」と呼ぶことから『能楽』となっていきます。とはいえ、それはもともと猿真似をはじめとして皆を楽しませることを目的としたいわば『路上パフォーマンス』のようなものでありました。」
・「観阿弥、世阿弥父子の功績は、かのシェイクスピアより200年も前に、「ストーリー」のある「演劇」をあらわしたことでしょう。」
・「たまたま、ときに42歳の観阿弥、12歳の世阿弥のパフォーマンスが、若き17歳の足利義満の目にとまったことにより、「能」が時の権力者による庇護を受けるようになっていきました。」
・「秀吉もまた、亡くなる10年前に、猿楽に出会います。」
・「奈良の『大和四座』とは・・・
  結崎(ゆうざき)・円満井(えんまい)・外山(とび)・坂戸(さかど)のことを指します。
 それが、現在では・・・
  観世・金春・宝生・金剛
 と呼ばれているのです。」
・「権力者による庇護が強まるにつれ、民間の手から、公式行事としての色彩が強まる中、発生してきたものが『歌舞伎』です。
・「明治に入り、西洋のオペラに対する日本文化として岩倉具視が『猿楽』を紹介するにあたりはじめて対外的にそれを『能楽』と呼んだのでした。」
 
 
 ーーー 次回は、世阿弥の残した言葉についてお話しくださる予定です ーーー

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