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中学1年 《久我山周辺地域探訪》.

投稿日2010/6/15

梅雨入りしたばかりというのに、早くも中休み?
 
ということで今日は予定通り
恒例行事となった
中学1年《久我山周辺地域探訪》
行われました。
 
過日、小講堂にて事前学習したことを
思い返しながらの約2時間。
地元、久我山に埋もれた文学・歴史を掘り起こします。
フィールドワークの楽しさを味わうことができたなら幸いです。
 
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学校の南、烏山地区に形成されている寺町。
あの関東大震災の災禍を逃れて
浅草界隈の下町から
「集団疎開」してきた約30ほどの寺院が連なっています。
 
まずは、「妙寿寺」より。
めずらしい「割れ鐘」に注目が集まっていました。
 
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その傍らに、昨年から設置された
宮沢賢治の詩碑が・・・。
 
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・」
みなで唱和していました。
 
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つづいて、すぐ向かいの「専光寺」へ。
ここには、江戸時代の浮世絵師
喜多川歌麿のお墓があります。
歌麿も、次々に参拝に現れた
当世の美男子たちに、
さぞかし絵心が震えたのでは・・・(笑)
 
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寺院巡りの最後は、
鴨の飛来地として世田谷百景にも選ばれている
「高源院」へ。
 
なんと、ちょうどカルガモの親子が隊列をなして
鴨池をお散歩中でした。
 
「亀がいる!」
「でっかい鯉もいるぞ!」
 
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池の畔では、色とりどりのあじさいや
額紫陽花の花がしばし日光浴をしていました。
 
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さて、後半はいったん学校を通り越して
玉川上水沿いの路へ。
 
かつて「人喰い川」と呼ばれた上水も
今は閑かな緑陰の小径を演出しています。
 
通学路の兵庫橋からわずか20mほどの場所に
あの言語学者で名高い
金田一京助博士の建てた「水難慰霊碑」が。
その背面には愛娘にあてた鎮魂歌が彫り込まれていました。
 
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そして、フィナーレは庚申塚に立つ大木に見守られるようにして
昔の「江戸道」にかかる旧「牟礼橋」へ。
水勢の激しさから当時は「ドンドン橋」と呼ばれていたのだとか。
 
そのすぐ近くでは、着々と幹線道路の建設準備が進んでいました。
 
 
 ※ 今日実現したのは男子の2クラス。
    女子部も含め、残りのクラスについては、
    今週末から来週にかけて実施いたします。
 

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