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久我山に、アインシュタインが、芭蕉が、そして賢治がやってきた! @東工大世界文明センター:サイエンス・キャラバン2010.

投稿日2010/6/8

東京工業大学世界文明センターが主催する「サイエンス・キャラバン」。
本来は、高校生対象に科学技術の魅力や重要性についてふれつつ、高校卒業後の進路選択の一助としてもらおうという取り組みですが、このたび中学生のための特別授業として応募したところこころよく引き受けてくださり、思いがけず実現の運びとなりました。
会場の小講堂に集ったのは、中学2・3年生の男女約250名。
果たして、相当に知的好奇心が刺激されたのではないでしょうか。
 
さて、このたびの講師は次のお二方でした。
 
櫻井 進(さくらい すすむ) 先生
  (東工大 世界文明センター フェロー)
imgp3129.JPGimgp3133.JPGimgp3135.JPGimgp3136.JPG 
 
髙橋 世織(たかはし せおり) 先生
  (東工大 世界文明センター 特任教授、文明評論家)
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◆ まずは、櫻井進先生の 「雪月花の数学」ー日本の美と心をつなぐ数”白銀比”ー より。
 
・・・小学生のころ、「ジャポニカ学習帳」の1cm方眼の対角線の長さが妙に気にかかって仕方がありませんでした。定規で、何度も計測してはそれが1.4cmよりはわずかに長く、1.5cmよりは短いことに疑問を抱いていました。そのほか、ラジオの周波数にかかわる法則性や連続する10個の数字の足し算に潜む規則性(※1)など、学校の勉強とは別のところで次々に自ら発見していきました。それは、ちょうどどこまでもつづく数字という無限の「レール」の旅にあって自らその「レール」のポイントを切り替えていくような楽しみをともなっていました。そして、小学6年生になった春、ついにあの「ジャポニカ学習帳」の対角線の疑問が、√2であることをつきとめます。しかし、まだその時点では、その√2は(√1+1)の域を出てはいませんでしたが、ほどなく、その正体があの「ピタゴラスの定理(三平方の定理)」であることに行き着いたのでした。また、中学3年生のとき、アインシュタインの「E=mc²」(※2)とともに国語の授業で勉強した同郷の俳人、松尾芭蕉の一句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」(※3)にいたく感動を覚えます。なにしろ、この両者に共通していたのは、この大自然の原理ともいうべきものを、こんなにも簡潔に、短く表現し得たという点でした。ところで、私たちの世界・宇宙は安定感をもたらす螺旋の「黄金比」からできているとみることができます。それはちょうど正五角形の中の対角線の比(1.6180339…)に相当します。しかし、それ対し、この日本の国においては、正方形の対角線の比、つまり√2が多用されていることに驚かされます。わたしはその指数関数y=e**x(**はべき乗、eは自然対数の底)を富士山のあの裾野をのばしたシルエットに見出したのです。それは、実際に計ってわかったというものではなく、あくまで「心の定規」で発見したということが重要なのですが。このことはあの葛飾北斎もまたその「定規」をもって描いたということがいえるのでしょう。さて、こうして日本の風土に根ざした「白銀比」が、ようやくあの中学3年時の感動と重なる時を迎えます。なぜ俳句は五七五なのか。つまりは、この5:5:7こそが1:1:√2なのであって、まさに「白銀比」そのものをあらわしていると考えられるのでした。芭蕉は「不易流行」を唱えました。この「不易」こそまさに数学の変わらぬ揺るぎない定理ともいうべきもので、大自然の一つの景観を、感動を、揺るがぬものとして瞬間冷凍してしまった芸術が俳句なのだと悟ったのです。そして加えれば、対照的な私たちの移ろいやすい心をもって解凍して味わうことをしているのかもしれません。芭蕉の生きた同じ江戸時代、時の将軍吉宗に算数の大事さを切々と訴えた建部賢弘(たけべさかひろ)の存在もまた見逃せません。そもそも人はなぜ「数」を追い求めるのか、それはひとえに「数」のもつ「永遠」・「無限」・「神秘」といった性質によるのです。四季をもつこの豊かな日本の大自然の中には、そうした永遠性と無限性とたくさんの神秘に満ちた「数」が潜んでいます。「数」は決して教科書の中だけで扱われるものではないのです。・・・ 
 
※1…10個の数字の足し算に潜む規則性
 その解は、5つめの数値の右に5を置いた値となる
 例) 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 の場合
     5つめは5だから、その合計は55。
    4+5+6+7+8+9+10+11+12+13 の場合
     5つめは8だから、その合計は85。
    8+9+10+11+12+13+14+15+16+17 の場合
             5つめは12だから、その合計は125。
 
※2…E=mc²
    アインシュタインが特殊相対性理論の帰結として発表した関係式。
    世界でもっとも簡素で美しい方程式などとも言われる。
    エネルギーが発生する際にはそれに対応する質量も消失するという
    エネルギーと質量との等価性をあらわしている。
 
※3…閑さや岩にしみ入る蝉の声
    「しずかさやいわにしみいるせみのこえ」
    松尾芭蕉が奥の細道のなかで、山形の山寺(立石寺)で詠んだとされる。
 
 
◆ つづいて、髙橋世織先生の 「宮沢賢治と地球温暖化」 より
 
・・・水と油のようにいわれる「科学」と「文学」ですが、もとは一つで、それは「詩」(ポエジー)だと考えます。そのことを端的に言い表したのが、宮沢賢治の次のような詩の一節です。「風とゆききし雲からエネルギーをとれ」(※4)と。さて、昨今問題となって久しい「地球温暖化」の原因はすべて人間の活動にあるといっても過言ではありません。狂牛病などという言い方がありますが、あれはおかしい。別に牛が狂ってしまったんじゃない、狂っているのは人間の方なのだから。氷河が刻々と溶けていくこと、炭酸ガスの濃度がどんどん上昇していること、これらのことを宮沢賢治は先見の目をもって「いま」を見通した科学者でした。その目は、「宇宙の目」ともいえるものかもしれません。また、そんな賢治は「雨ニモマケズ…」にみられるように、日本で最初のシンガーソングライターでもあります。こうした芸術的素養もあわせて、科学というものの三要素、つまりは「自然科学」・「社会科学」・「人文科学」のすべてを総動員して彼は次の三つのテーマに生涯をささげたのです。ーーー①地球環境問題 ②食糧問題 ③人類全体の幸福ーーー。加えて菜食主義であった賢治にとっても、生きていること自体がすでに多くを殺していることにほかならないという事実に心を痛め、人間は罪深い存在であるとの思いから宗教にも心を寄せていきます。最後にそんな賢治から時の農学校の生徒らに贈った言葉をみなさんにもメッセージとしておとどけします。「新たな詩人よ 嵐から雲から光から 新たな透明なエネルギーを得て 人と地球にとるべき形を暗示せよ」(※5)
 
※4…風とゆききし雲からエネルギーをとれ
    『農民芸術概論綱要』の「農民芸術の製作」の最後の一節
 
※5…新たな詩人よ~
    『生徒諸君に寄せる』より。用紙、筆跡などから1927年賢治32歳の作と推定されている。
 
 
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現代日本のアインシュタイン、いや松尾芭蕉たらんとする櫻井先生。
また宮沢賢治たらんとする髙橋先生。
ともに共通するのは、あくなき探求心に支えられた学ぶ意欲の強さですが、
あえてお二人の相違点を探るとしたなら・・・
 
櫻井先生は、専門的領域から広汎な世界観に到達をしていかれたのに対して、
髙橋先生は、対照的にあるときは経済学、またあるときは文学や芸術といった
幅広く視野を広げるなかで一つの真理に至ろうとなさった。
 
このことはまさに、「学問に王道なし」を具現化した姿勢そのものといえましょう。
また、加えて「学問」は机上のもののみにあらず、
あくまでその国固有の風土や自然と密接にかかわりあって存在していることを
あらためてお教えいただけたのはなによりありがたいことでした。
 
櫻井先生、髙橋先生、本日はまことに貴重なお話ありがとうございました。
 
 
    以下、次ページに質疑応答の様子を一部掲載しておきます !
 
     
imgp3153.JPG    
 

Q (櫻井先生へ)ジャポニカ学習帳の方眼を計るきっかけは?
 
・・・それはもう気になって気になって仕方がなかったというのが正直なところかな。
   たとえば、寝ていても天井のマス目だとか、壁のシミだとかが一度気になり出すと
   理屈抜きに放っておけなくなるでしょ、それといっしょかな。
 
 
Q (髙橋先生へ)ふだんはどのような研究を?
 
・・・温暖化の解決のために、理科系の分野からだけではなく、芸術や文学を通じて
   研究したりしているんだよ。
 
 
Q(櫻井先生へ)ふだんはどんな生活を?
 
・・・四六時中、計算をしているよ。そう寝ているときもね。その意味で、基本的に
   数学者は詩人であるともいえるんだ。
   またね。これだけはいっておきたいんだけれど、
   他人と競い合って勝負しているうちはまだ半人前なんだ。
   あくまで、自分の抱いた疑問に打ち克ってこそはじめて本物なんだよ。
 
  
Q(髙橋先生へ)『銀河鉄道の夜』に「世界全体の幸福を願う」といったテーマが潜むと
          ありましたが、わたしはそうは感じなかったのですが。
 
・・・あの作品は、たった83枚の原稿を賢治が10年間もかけて書いたものなんだ。
  人類のとっての幸せとはなにかを追い求めた結果、
  それは各自が自分で探せと読者に問いかけて止まない作品だといえるかもしれない。
  今はとかく解答を求めたがる傾向にあるけれど、
  インスタントな答えを早急に求めては決してならないよ。

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