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高遠.

投稿日2016/2/13

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早朝のグラウンドの中央に、大きな「的」が設けられている。
次々にそれ目がけて矢が放たれたかと思うと、山なりの放物線を描いては小気味いい音を立てて「的」に吸い込まれていく。
 
大会が間近に迫った弓道部の諸君が、「遠的」競技のために特別な稽古を重ねている。
さすがにこのときばかりは、元気な中学生たちの「早朝サッカー」も遠慮するしかないようだ。
 
ところで、この「遠的」競技であるが、実に示唆に富んでいる。
至近距離の「近的」なら、矢はほぼ直線的に飛んでいく。
しかし、「的」が遠くなるとそうは問屋が卸さない。
あらかじめ矢の進む速度と落下角度との関係を見越した上で、構えは相当高めになっている。
いわば、目に見える「的」ではなく、目に見えないもう一つ高い「的」に向かって矢を放っているともいえるのだ。

このことは、私たちの「目標」のあり方に似ているのではなかろうか。
勉強も、進路も、その「目標」とするところは、できるかぎり高いところに設定した方がいい。

「高遠」という言葉がある。
それときいて信州「タカトオ」を思い浮かべるのは、久我山中学生なら無理もないが…(笑)
 
ここでの「高遠」(コウエン)は、「高尚で遠大なこと」という意味合いの言葉で、「高遠な理想」というような使い方をする。
「理想」を「理想」のままで終わらせるか、それとも、その実現に向けて自分自身の具体的な「目標」として還元するかは、あくまで本人しだいである。
 
いま、大学入試も真っ只中。
浪人生もふくめ、この久我山の学び舎で過ごした者たちの「目標」達成に向けての健闘を祈るばかりである。
 
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