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10/27 中学一年校外学習《井の頭・三鷹周辺地域探訪》.

投稿日2009/10/29

六月の《久我山周辺地域探訪》に次ぐフィールドワーク第二弾。
 
このたびは、「久我山」から玉川上水を西進、「井の頭(公園)」「三鷹」に所縁のある文人や芸術家の跡を辿りました。
  ※24日(土)中間試験最終日に「事前学習」を実施。
 
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まずは、井の頭公園の池の畔に立つ童謡作家、「野口雨情」の歌碑をたずねます。
 
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近くには、その昔徳川のお殿様が鷹狩りに来た際、お茶を点てたという神田川の水源、「お茶の水」が湧いていました。
 
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さて、つづいてはバス通りを渡って自然文化園へ。この日、遠足でやってきていたかわいらしい幼稚園児らに紛れてサルやリス、そして野鳥などに歓声を上げつつ奥へ進むと・・・(笑)
 
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吉祥寺に居を構えていたころの「野口雨情」の書斎である「童心居」がありました。金閣寺垣と銀閣寺垣に囲まれた茶室風の小さな庵は、いまでも歌会や茶会に貸し出されているようです。
 
そして、文化園の最奥に広がる木立の中に背の高い大きなアトリエと野外展示された彫刻作品の並びが見えてきました。
 
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そうです。ここがあの長崎「平和祈念像」が制作された場所でした。
その彫刻家こそ、百二歳まで生涯現役を貫いた努力の人、「北村西望」です。
 
  たゆまざる歩みおそろしかたつむり  西望
 
この句が吟じられたとされるアトリエ内は、当時制作にあたった台座やノミなどが置かれていて、あたかもつい今し方までそこで彫られていたかのような雰囲気に包まれていました。
わたくしたちは、とかく「完成品」の作品を目にすることはあっても、それができるまでの「現場」を知ることはかないません。しかし、ここでは「原爆」への憤怒と「平和」への希望を一刀にたくして創作にあたった一人の芸術家の息づかいを感じることができました。
高校二年での九州修学旅行で、その「完成品」にあらためて再会するのが楽しみとなりました。
 
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最後は、井の頭公園を後にして、玉川上水の流れを遡るようにして三鷹駅方面へ。途中、太宰治の入水地点と言われるポイントや文学碑を経て、文豪森林太郎(鷗外)とともに眠る三鷹・禅林寺をお参りしました。
 
 「余ハ 石見人 森林太郎トシテ死セント欲ス」
 
山門をくぐり大きな銀杏の木の根元に立つ碑には、死後の一切の栄誉を断る旨を伝える森鷗外「遺言」が刻まれていました。
 
 
灯台もと暗し
少し足をのばしてみれば、こんなにたくさんの「歴史」を肌で感じ取ることができるのです。
それぞれのポイントで、カメラに収めたり資料をメモしたりと、その「歴史」の一端をすこしでも手もとに残そうと精力的に記録する姿が目立ちました。
汗ばむような陽気のなか、最後はへとへとなものが目立ちましたが、帰りに「太宰治 文学サロン」に立ち寄るなど、鞭打って意欲を見せた者もいたようです。
 
 ※女子部一年生も、禅林寺を除きほぼ同内容の「校外学習」を実施いたしました。

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