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10/27 創立65周年記念 《講演会》編.

投稿日2009/10/27

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台風一過に汗ばむような日射しの降り注ぐ秋晴れの一日。
府中の森どりーむホールにて行われた創立65周年記念《講演会》は、作家の
浅田次郎先生をお迎えし、「近代中国と科挙」と題して約一時間お話いただきました。
世界の歴史上、類を見ない官吏登用試験として名高い「科挙」の実態とその歴史にふれながら、「学びつつ人間性を磨くこと」の尊さについて多くの示唆に富んだお話でした。
 
以下は、その概略です。
 
◆なぜ「科挙」制度が始まったのか
第一回「科挙」がスタートしたのは、587年の隋の時代です。わずか30数年しかなかった隋ですが、その事業として特筆すべきは、黄河と長江(揚子江)を結ぶ1800kmにも及ぶ大運河の建設を成し遂げようとしたことと、文帝(陽堅)のとき、役人を試験によって登用する制度を発足させたことでしょう。それまで、貴族の世襲が当たり前だった政権のあり方に大きな転換を設けたことになります。つまり、「科挙」は貴族の連合政権からの脱却であり、この民主的な取り組みは欧州を含めても世界中で先駆け的な改革といえましょう。
 
◆「読書人」たれ
中国で「読書人」とは読み書きがきちんとできる人のことです。この「科挙」を受験する資格はなにをおいてもこの「読書人」であることが必須でありました。みなさんも、本はぜひとも読んでください。どんなに受験が迫っていてもです。中学生は一日のうち2,3時間は読書にあててください。そうした読書を通じて身についた国語力がない人は、これからの時代、大成することは難しいでしょう。
 
◆「科挙」に「現役」受験の十五歳まで
まず3,4歳までに画数の少ない二五文字「孔乙已」(コンイージー)を習得します。つづいて五歳までに「千字文」(センジモン)。これは「天地玄黄・・・」の四字一句が二五〇個集まった韻文で、書道の手本としても有名です。
 
 ※字は縦書きしましょう。本来日本語は縦書きのみだったのです。
   そしてラブレターは手書きすること。パソコン文字などは最低です。
   また、名文といわれるものは、いかに少ない文字で表現するかにかかっています。
   俳句や和歌はその究極の表現といえます。
 
「千字文」の次は、歴史書の「蒙求」(モウギュウ)。そしていよいよ「四書五経」(シショゴキョウ)に至ります。ちなみに五経の「経」とは宗教の「経典」のように思われがちですが、実のところは「哲学」に近いものです。なお、この「四書五経」に至っては文字数も四三万字に及びます。
 
 ※四書のうち、「論語」の「学而第一」に
   「学而時習之 不亦説乎」
   (学んで時にこれを習ふ またよろこばしからずや)とあります。
   勉強もいやだと思ってやっているうち、
   これがおもしろいと思える瞬間に巡り会うものです。
   この「学而」はわたしにとっての座右の銘となっています。

 
◆「進士」への道のり
一口に「科挙」といっても、こうして「四書五経」をマスターした「読書人」としての十五歳から受けることのできる「県試」(ケンシ)に始まります。試験は夜明けに始まり日没まで、それが五日間。さらに採点まで合わせると二十日間にも及ぶものです。そして「府試」(フシ)、「院試」(インシ)と続き、この三種すべてに合格した者を「生員」(セイイン)と呼び、地方官吏の資格がやっと与えられます。しかし、その「生員」に対して怠慢を防ぐために三年に一度「歳試」(サイシ)が行われ、受けなければ資格が剥奪されてしまいます。
 
 ※進取の精神
   早稲田大学の建学の精神としても名高い「進取の精神」とは、
   実にこの「生員」に甘んじることなくさらに上を目指さんとする
   気概のことをいいます。
 
つづいて「郷試」(キョウシ)からが「進士」への本当の挑戦となります。鍋や布団を持参してわずか一畳敷きの「号舎」(ゴウシャ)と呼ばれる小部屋で二泊三日、死者が出るほど過酷な試験が待っています。実にその受験者一万人あたり合格者は四十人という狭き門なのです。この「郷試」に合格した者を「挙人」(キョジン)と呼びます。そして次の「会試」(カイシ)を経て、いよいよ紫禁城(シキンジョウ)内の保和殿(ホウワデン)にて、皇帝から直々に出題される「殿試」に臨むことになります。この「殿試」は政策論としての「策題」に回答を寄せるもので、「台頭」や「徹底」という言葉の起こりともなった緻密な答案が求められます。そして「殿試」の成績は序列化され、そのベスト3にあたる「状元」・「榜眼」・「探花」を「大三元」と呼び、麻雀の役満としても有名な言葉です。
 
◆「五常」(ゴジョウ)を体得せよ
人が常に守るべき五つの徳の「五常」。すなわち儒教の教えであるところの「仁」「義」「礼」「知」「信」を体得し得た者こそが真のヒューマンといえるでしょう。人を思いやり(仁)、正しい道筋を守り(義)、礼儀を失することなく(礼)、智恵を身につけ(知)たうえで、約束したこと(心に期したこと)は必ず成し遂げてこそ得られる信頼(信)を獲得するよう自ら努めることが大切です。
押しつけられるのも「勉強」、自ら進んで行うもまた「勉強」。「五常」の体得には「勉強」あるのみです。
あらためて言います。
「本」を、「読書」を積んでください。
そして、あれこれと枝葉を広げすぎず、自分にとってこれだと思えること一つをとことん磨くようにしましょう。
 
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