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「同じ釜の飯を食う」ということ @第一学期終業.

投稿日2015/7/18

 
          ~ ワンダーフォーゲル部の山行より 雲取山にて ~
 
 
「……本日は、新聞に連載されている『折々のことば』(鷲田清一選)の中から『同じ釜の飯を食う』を取り上げます。
これは、会社のカンパニーの原義にも通じ、食料を分け合うことで仲間と苦楽をともにすることを意味します。
筆者は、そのわずか170字のコラムのなかで、次のように結んでいます。
 
  会社が国家がもはや個人を最後まで守ってくれないだろうとの予感の中で、
  いかに生き延びるかは、苦楽をともにした仲間をどれだけ持っているかにかかっている。
 
ところで、ここにいう『苦楽をともにする』とははたしてどういう意味なのでしょうか。
 
人は、生きてある限り、多くの挫折や失敗を重ねつつも、ときに幸せを感じることもありましょう。
そんないずれのときにあっても、その悲しみを自分のこととして引き受け、喜びもいっしょに分かち合う仲間の存在はかけがえのないものです。
こうしていつでも『共感』しあうことのできる仲間こそが、本当の友達とよべる存在なのでしょう。
 
だとするなら、ピンチのそばにチャンスあり、とよくいわれますが、本当は、ピンチのそばには「仲間」がいるといいかえた方が適切かもしれません。」  (女子部長T先生 講話 より)
 
 
なお、この講話にさきだち、全校放送では、インターハイに出場する高校男子陸上競技部、高校サッカー部、高校男子バスケットボール部の壮行会につづき、高校読書感想文コンクール課題図書の発表や、中学3年修学論文優秀作、ならびに〈第26回伊藤園お~いお茶新俳句大賞〉入賞の表彰が行われました。
 
 
さあ、いよいよ夏40日。
 
「切り身」のようなぶつ切りの生活から
「まるごと」を味わい尽くすことのできる夏休み。
 
ぜひとも、その濃厚な「釜の飯」を
じっくりと堪能されんことを……。

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