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「山頂」にあらず「一合五勺」にて候ふ@「高校入試」を前に.

投稿日2015/2/10

 
                   ~ 理科会館 屋上より ~
 
 
今朝は、この冬一番の冷え込みのなか、翳りのない澄明な冬晴れの空にくっきりと富士山が聳え、手前の丹沢の峰をしたがえて真っ白な威風堂堂たる姿を見せていました。
 
明後日は、いよいよ「高校入試」の日。
放課後には、在校生の協力を得て試験場の準備もすっかり整い、「十五の春」を迎えんとする受験生を待つばかりとなりました。
 
ところで、こうして日本一の秀峰富士を目にする度につくづく思うことがあります。
かれこれ半世紀近く山に遊び、富士にも幾度となく麓から駆け上がることをしてきた者として、この山はあらためて人生そのものであることを実感してやみません。
 
「中学入試」がせいぜい「一合目」辺りであるなら、「高校入試」はやっと「一合五勺」。
さらに、「大学入試」でもまだまだ見通しのつかない「二合」手前。
そして、振り返ればそこに来し方の道筋が認められ、ようやく視界も開け始める「五合目」にて「天命を知る」ことに…。
 
ならば、十代、二十代は、青木ヶ原に代表される磁力もきかぬ深い樹林帯を右往左往する迷いの時期ともいえそうです。
それにもかかわらず、文明の力を借りて一気に五合目に降り立ち、したり顔で山頂に立とうとする者のなんと多いことか。
 
「國學院久我山高校」という存在は、決して最終到達地点の「山頂」そのものではなく、まだまださまざまな選択肢としての「登山道」が幾筋もある「一合五勺」にほかなりません。
しかしながら、その裾野の広さは富士同様に、天下一品。
勉強に部活動、さらに生徒会や各種行事に加え、武道(男子)や日本文化にふれる機会を供する特別講座(女子)など、活躍の場としてのステージはたくさん用意されています。
 
さて、私も若いみなさんに負けず、森林限界を抜け空気もいよいよ薄くなる六合目以降の後半戦に歩みを進めることといたしましょう。(笑)

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