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「雪」を恨んだりはしない@〈環境美化の日〉に寄せて.

投稿日2015/1/30

 
今朝方は今年に入って初めて本降りの雪に見舞われました。前もって天気予報がしきりに注意を喚起していたにもかかわらず、始業間際には常連組に新参者も加わって、普段以上に正門付近は傘の波が押し寄せていました。
 
  「こら! 遅いぞ! 急ぎなさーい! 決して雪のせいになどするでないぞ!」(笑)
 
ところで、あの震災からまもなく四年の歳月が経とうとしています。
復興ままならぬその年の秋口に刊行された池澤夏樹の『春を恨んだりはしない―震災をめぐって考えたこと―』の中に、こんな一節があります。
 
  ○「自然は人間に対して無関心だ。」
  ○「自然にはいかなる意思もない。
  自然が今日は雪を降らそうと思うから雪になるわけではない。
  大気に関わるいくつもの条件が重なった時に雲の中で雪が生まれて地表に達する。
  それを人間は降る雪として受け取り勝手に喜んだり嘆いたりする。
  その感情に自然は一切関与しない。」
 
筆者のこの思いをわがものとするには十分すぎる出来事が、その後も私たちの身の回りには頻発しました。
御嶽山で、白馬で、広島で…。
 
この本のタイトルは、最愛の夫に先立たれたポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの「眺めとの別れ」からとられたものです。
 
 
  ………
  またやって来たからといって
  春を恨んだりはしない
  例年のように自分の義務を
  果たしているからといって
  春を責めたりはしない
 
  わかっている わたしがいくら悲しくても
  そのせいで緑の萌えるのが 止まったりはしないと
  ………          『終わりと始まり』より
 
 
こうして窓外の雪景色を眺めつつ思いを新たにしたことがあります。
「環境」とは、このようにどこまでも人間に無関心な「自然」と、そんな「自然」に時に生かされ時に翻弄されてやまない「人間」とが相互に織りなす世界であるとしたなら…
 
…本校が伝統的に月に一度設けている〈環境美化の日〉なるものは、「環境」を「美化」する日などと考えるのはあまりにおこがましく、あくまで私たちの心が「環境」に「美化」される日なのだと謙虚にとらえるべきなのではないでしょうか。
 だから、私は「雪」を恨んだりはしない、与えられた「環境」を責めたりはしない。たとえ、本日の帰り道、残雪に足をとられてスッテンコロリンしようとも。(笑)

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