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第60回 高等学校卒業式.

投稿日2009/2/28

高校卒業式もちょうど60回目を迎えました。
その節目の今年、慣れ親しんだ久我山の学舎を巣立つ卒業生は、479名。
「きちんと青春」する最後の一日。
式は厳かにして粛々と進んでいきました。
 
  ~学校長 式辞 より
 
◇『早春賦』が浮かぶ「二月尽」
  …今日は二月の晦日。季語では「二月尽」とも。
  まだまだ春浅きこの季節を思うとき、おのずと浮かんでくるのは『早春賦』でしょうか。
  ♪~春は 名のみの 風の寒さや~♪
◇混迷の世にあって
  …どうやら君たちに用意されたこれからの世の中は、混迷の度をきわめています。
  がしかし、私は久我山で学んだ君たちをそんな世に送り出すに躊躇はしていません。
  なぜならば・・・
◇「学ぶ」ことの意味
  …パスカルの言うごとく人間は最もか弱き葦に過ぎないものかもしれません。
  しかし、「考える」ことを失わず、さらにその考えの基となる「読書」を怠らないことで
  いかなる世にあっても人は「学び」続け、結果生き抜く力を得るのです。
◇人は勝ち続けることはできない
  …ある自動車メーカーがかつて売り出したオフロード車のコピーに
  「(息子よ、人生は)舗装された道ばかりではない」というのがあります。
  どんな悪路にあっても、めげることなく「勇気」をもって立ち向かっていくことです。
  とはいえ、常に人は勝ちを収められるとは限りません。
  「負け」て学ぶことの多い世の中であることもお忘れなく。
◇心の寄り所、身の寄り所
  …記念歌の『久我山音頭』では、母校を「心の寄り所(ど)」と歌い上げています。
  みなさんが、これからどこにあろうと、いつになっても
  誇るに足る母校で在り続けることを約束してお別れの挨拶とします。
  さようなら。
 
 
在校生を代表してT君が送辞のなかで、アインシュタインの
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである」という言葉を引用すれば、
それに応じるように、
卒業生総代S君は、答辞において、
「この高校時代に身につけた
『不屈』と『思索』の精神を以てこれからの時代を切り拓いていきたい」
と力強く結びました。
 
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さて、厳粛なセレモニーのあとは、
卒業生一人一人が壇上にて校長先生から証書を受け取ります。
吹奏楽部が、マーチを演奏する中、
クラスの名が呼ばれると・・・
 
力強く声をそろえて返事するクラスもあれば、
着慣れた学ランを宙へ投げあげるクラスもあり。
上着のみならず、・・・姿や、さらに進んで・・・も。(ご勘弁…笑)
 
また、女子クラスの場合。
生徒の名をマイクを通じて読み上げるため
両手がふさがっている担任の先生の足元に
やむなく感謝の気持ちを一輪の花に託して
一人一人が置いていったのはいいのですが・・・。
それは、まるで、献花のお供えのように山と積み上がりました。
その先生、さぞかし生徒たちにとって
「仏様」のような存在であったのでしょう。(笑)
 
 
外は昨日の名残の雪もすっかり消えていました。
在校生が作る早春の「花道」の只中を、
卒業生たちは、思い思いの表情を浮かべながら、
会場を後にしていきました。
 
    去りゆく者に 幸せを
 

 

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