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真水の鯛  《第2学期終業》.

投稿日2008/12/20

実にてんこ盛りな内容の終業式となりました。
 
「全国大会」に進出するラグビー部やサッカー部の壮行会をはじめ、全国都道府県対抗駅伝に都代表で出場する陸上部員や全国書芸コンクールで入選した部員などの紹介。
さらに、年に一度の文化の祭典である〈久我山祭〉にてその功労が認められた団体へ贈られる各賞や、夏休みの〈読書感想文コンクール〉(高校)の入選者も披露されました。
 
どれもこれも、日頃の地道な努力の成果が実を結んだ結果であって、そのがんばりにあらためて拍手をおくりたいと思います。
 
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その後、男子部では、部長のS先生が講話の中である歴史上の人物について紹介をしました。
 
………江戸時代のこと、四国の高松に、松平頼恕(まつだいら よりひろ)という殿様がいました。〈第九代高松藩主・将軍徳川慶喜の父、徳川斉昭(第九代水戸藩主)の実兄にあたります)
高松は瀬戸内海に面した国ですから、時々殿様の食膳には鯛が出ます。あるとき、頼恕が「この鯛はなかなか旨いが、どこでとれたのか?」と家臣に尋ねます。家臣は得意げに、「お城の前の海でございます」と答えます。それを聞いた頼恕は、「そんな近くでとれるのであれば、これを活用しない手はない」と思いつつ、しばらく鯛を食べていましたが、途中で箸を置くと、家臣に「藩の財政を富ますために、ひとつ、鯛を飼ってはどうか」と提案します。
家来は即座に「それは難しゅうございます」と言って、あきれ顔で、「鯛は、海の魚、しかも潮の流れの速いところでないと育ちません。また、なにより潮の満ちひきにも大きな関係があります。やはり、自然の海に任せるしかないと存じます」と答えます。
しかし、翌日に、池の鯛の様子を見た頼恕は、「海水に少しずつ真水を混ぜてくれ」と命じます。こうして、少しずつ海水を真水と入れ替えていくうち、やがて池の水は全部真水と入れ替えられたのでした。
さて、池の中の鯛はどうなったでしょうか。なんと、鯛は死ぬことなく真水の池で泳いでいたのです。………
 
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「鯛は海水でなければ生きられない」
こうした思い込み、先入観、固定観念といったものが、いかに独創的でかつ革新的な取り組みや進歩の弊害となっているかを物語るよいエピソードといえましょう。
同時代の俳聖、松尾芭蕉もこうした人間の思い込みを「私意」とよんで忌むべきものとしたと『赤冊子』(三冊子)は伝えています。
芭蕉は句作りの上でも、こうした「私意」のせいで「本物を見ようとする目」(真贋を見分ける目)を失い、句の命ともいうべき対象物の本質に迫ることができなくなると弟子を戒めてもさえいるのです。
「松のことは松に習へ 竹のことは竹に習へ」との芭蕉の言葉は、、まさにその「私意」を捨てよというメッセージにほかならないのでしょう。
ならば、頼恕は「鯛のことは鯛に習へ」と実践してみせたものといえましょう。
 
こうしたらああなってしまう(にちがいない)。
ああしたらこうなってしまう(にちがいない)。
巷にてよく聞く台詞です。
 
そうして局面を打開することなく、停滞、足踏み、そして後悔。
一度しかない貴重な人生です。
学び得た「知識」は、決して「私意」に取り込むのではなく、あくまで事を為すための「勇気」の源に変換していきたいものです。
 
 
本日をもちまして、第2学期も無事終了となりました。
みなさま、よい年をお迎えください。
・・・・・・とはいえ、明日から「冬季講習」なるものが・・・まだ、まだ、容易には越せませぬ。(笑)

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