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「今だからこそ」@女子部前期課程(中1・2) 「今、私の思うこと」全体発表会.

投稿日2014/2/21

中学生の「今、私の思うこと」全体発表会も、女子部前期課程では、例年中学1・2年合同で実施されています。
 
「妹」は一つ違いのたのもしき「姉」のことを思い、
「姉」は一年前の自分を彷彿させる「妹」のことを思う。
 
でも、それは結局のところ、
めぐりめぐって「自分自身」を見つめ直すことに通じているのでしょう。
 
   我思う ゆえに我あり    ルネ・デカルト
 
 
以下、発表順にその概要と所感を記すことにいたします。(クラス・氏名は伏せました)
  
 
◆ 今だからこそ(2年)
…このいらつきはどこからくるのだろう?「ありがとう」「ごめんね」が言えずに過ごす日々。そんなわたしに「ほんと頑張ってたんだね」と声をかけてくれる母がいる。その背後にはおそらく笑みをうかべているであろう父の存在も。いったいなぜ親というものは余計なことをしてくれるのか。そう思えば思うほど、家族みんなで笑いたくなった。気づけば、三人で笑っていた。
 
(所感)わたしたちは、あたりまえの日常についつい感謝を忘れがちだ。また、あえて態度や言葉にしなければ伝わらないこともある。失ってからわかると言われるが、それは切ない。できることなら「今だからこそ」伝えたい。笑顔で「ありがとう」と。
 
 
◆ 動物と人間は平等(1年)
…今の子どもたちはストレスが充満し、精神的にも弱い。それは自然とのふれあいが少なくなってきたことが要因だ。現在「アニマルセラピー」なるものが注目されている。が、一方で「動物実験」の実態も見え隠れする。人は注射針一本でも騒ぐのに、動物たちは痛いとも訴えられず、自殺すら許されない。生けるものの命はみな平等。まずは目の前のペットを大切にしていきたい。
 
(所感)命に重さがあるのなら、それは人間も動植物も、生きとし生けるものとしてみな同じはず。しかもその重さとは、量的なものではなく、決して数値化できない「生きる価値」というものにほかならない。
 
 
◆ 人生の分岐点(1年)
…昨夏、幼いころから続けてきたバレエをやめようか迷った。そのとき、あの浅田真央選手の言葉に勇気をもらうことができた。「なんどもやめようと思った。でもスケートが好きだったからつづけられた。…もっとがんばれる」その後も岐路に立ったとき、スティーブ・ジョブズ氏の言葉が背中を押してくれた。「昔を振り返るのはもうやめよう。明日、何ができるかを考えよう。」
 
(所感)『好きこそものの上手なれ』とも。岐路に立たされた時の判断基準に「好き」か否かは重要だ。その場限りの選択とならぬよう自分自身の意識を高めたい。また、真剣に悩めば悩むほど、周囲の支えがこの上なくありがたい。
 
 
◆ カミサマは本当にいますか?(2年)
…はたしてカミサマは存在するのだろうか。余命いくばくもないとされた方がその後何十年も生きながらえたという話も聞く。しかし、世の中には負の出来事も頻発する。思うに、幸せとは願うものではなく自らつかむものなのだ。将来、できることなら人間の力を結集して平和な世の中を作り上げた姿を目には見えないカミサマという存在に見せつけたいものだ。
 
(所感)目に見えるものばかりを信奉する現代社会にあって、本当に大切なものは目に見えないことを痛感させられる。加えて、幸せはプールされているものではなく、自ら幸せになろうとするその営みのなかにこそ潜んで在るのだ。
 
 
◆ 持病から得た命の大切さ(1年)
…6歳という若さで病気のために早逝した友だちのことが忘れられない。お見舞いに行ったとき、か細い身体が消え入りそうな最後の火を灯した蝋燭のように見えた。「もっと一緒に遊んでおけばよかった」という思いは、彼女からの「悔いのない人生を」という教えにつながった。私も持病をかかえている。でも、はっきり言える。無駄な命などこの世に一つもないのだと。
 
(所感)病に冒されているからこそ、健康のありがたみや命の大切さを強く意識する。なんと皮肉なことか。しかしどうやらこの世の中、負の要素がかえって人を外界へ解き放つ原動力となっているらしい。逆風に上がる帆は強い。
 
 
◆ 側に誰かいること-笑顔の平和条約-(2年)
…この「今、私の思うこと」の原稿を仕上げることは、正直面倒この上ない。にもかかわらず、みなやり終えるのはなぜ?怒られるから?いえ、それは「スピーチ」だから、他人に自分の思いをきいてもらえるからなのだ。わが思いを他人に伝えることから、お互いに喜びが生まれ、恋や愛にまで発展することも。人の為すことはつまり、必ず誰かの笑顔のためになっているのだ。
 
(所感)その昔、「仕事」とは「(他人に)仕える事」と教わったことがある。そして今、あらためて「人はいったい何のために生まれ、生きているのか」という究極の問いかけが頭をよぎる。そう、「人生」は「仕事」だ。
 
 

 

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