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父母の会主催 保護者勉強会 〈(今日この頃の)中高生について〉.

投稿日2013/11/30


 
父母の会主催の「保護者勉強会」が小講堂にて開かれました。
このたびのテーマは、まさに「在校生の今」にスポットをあてた『今日この頃の中高生について』。
講師は、神戸看護大学の植本雅治先生にお越しいただきました。
 
ところで、よく耳にする「我が子」という言い方は、まるで「親」の私有物のように聞こえますが、実のところ、将来はそんな「子」たちもみな「親」ばなれして自立していくことを思えば、個人のものではなくあくまで「社会」の落とし子であることに気づかされます。
そうであるとしたなら、その「社会」そのものが歪んでいたり未成熟であるならば、そのひずみが必ずや「子」の心の闇の部分に沈潜してしまうにちがいありません。
 
いつの時代も、中高生に限らず、「子」の周縁に生じた「問題」の根には、必ずそうした「社会」の有り様が色濃く影響しているのです。
 
いじめも、不登校も、暴力も、「子」らが見せるそうしたさまざまな「症状」は、そのときどきの「社会」のひずみを映し出した「鏡」といえましょう。
 
 
 ※ 「自閉症」について、医学的見解に反する
   不適切な表現がみられましたので、

   ここに訂正してお詫び申し上げます。
   誠に申し訳ございませんでした。      (『久我山の四季』担当者 12月3日)

 
 
そうした実感をあらためて強くしたのは、先生が本講演のなかで一貫して人としての存在価値を高め合うことの重要性を力説されていらっしゃったからにほかなりません。
どんな状況におかれた「個人」であっても、自立への道をたどれるかどうかは、その存在価値をきちんと認めることのできる「社会」が白日の下に広がっているかどうかにかかっているとのこと。 
その上で、「社会」を実質的に支えている存在は「大人」であり、「子」たちにとってはまぎれもなくもっとも身近な「大人」である「親」こそが「社会」そのものであり、「社会」の縮図としての場がほかならぬ「学校」であるとの認識も忘れてはなりません。
 
したがって、「子」になにかしらの「症状」が見られた時は、その「子」自体に問題があるというより、「社会」、つまり「親」や「学校」にその根本的な問題点があると考えた方がよさそうです。
「子」は、「親」の、「学校」の「鏡」なのですから。
それゆえ、変えるべきは「子」そのものというより、むしろ「親」や「学校」の側から変わらねばならないのです。
 
「先ず隗より始めよ」
かえすがえすも、先人は、実に的を射た言葉を残しているものです。

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