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湯の花神楽@久我山稲荷.

投稿日2013/7/24

 
本日、七月二十四日は、地元「久我山」の里の氏神様である「久我山稲荷」の大切な夏祭りの日。
年に一度、この日は特別に「湯の花神楽」が奉納されるのですが、その謂われとは…
 
 
 ~ 湯の花神楽 について ~
この久我山稲荷神社には古くから七月二十四日に八雲大神をお祀りし、湯の花神楽を奉納して健康を祈願する夏祭が行われて参りました。
これは昔此の里に疫病が流行し、多くの人が亡くなりました。困り果てた人々は氏神様に集まり御神楽を奉納し御祭を致しました所、疫病を防ぐことが出来ました。
喜んだ人々は毎年このお祭を行って参りましたが、明治二十年代に一度中止した事がございます。この年再び疫病が蔓延し、驚いた人々はその後絶やす事なく此の夏祭を行って参りました。
此の時行われます湯の花とは、湯立行事と申しまして、大釜に熱湯を仕立て小笹をもってその湯の滴を全身に浴し、誠心誠意を神明に誓うものでございます。
古くは盟神探湯(くがだち)と申しまして、熱湯を探り正邪を神前に証した事から起こったもので御座います。
尚当社では御神楽の最後に神前にお供えした御餅を撒き、此のお祭の行事を終わります。
 
 
中学1年生のフィールドワークである「地域探訪」でも訪ねるかつての「江戸みち」。
その街道を、西から江戸に向かって玉川上水にかかる「牟礼橋」(どんどん橋)を渡ります。
そしていよいよ久我山村に入ると、ほどなくして目の前に小高い小山が見えてきます。
その天辺から村全体を見守るようにして鎮まっているのが、この「久我山稲荷」なのです。
 
本校設立の際、校名を定めるにあたり、さまざまな候補が挙がる中、あくまで地元に密着し地元の皆さまに愛される学園であらんことを願い、あえて「久我山」を名乗ることにしたとのこと。(「草創期史」より)
それにもかかわらず、なかなか、地元に恩返しすらできぬまま、大所帯ゆえに登下校の際にはかえってご迷惑ばかりかけ通しの本校ですが、今後ともこの由緒ある「久我山」の里を大切に子孫に伝えていく義務があることを今日あらためて実感いたしました。
 
「久我山」の名を共にする皆様方の「健康」を祈念しつつ…。
 

 

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