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ダンボのように…@女子部中学3年《今、私の思うこと》全体発表会.

投稿日2013/2/26

幸せとは、生きるとは。
こうした問いかけを繰り返すことで、人は徐々に成長していくものなのでしょう。
とりわけ思春期は、「思う」ことを抜きにして通り過ぎることなど出来ないのですから。
 
 
 
      女子部中学3年 《今、私の思うこと》全体発表会  6時限 小講堂
     司会 E.Tさん(1組)・M.Hさん(1組)・M.Hさん(2組)・S.Yさん(2組)
 
 
○  T.I(2組)  当たり前の幸せ
みんなと部活動で汗を流すこと、慕う先生のもとで稽古すること、そんな当たり前のことがこれから先もずっと続くと思っていた。しかし、そうした「当たり前」を喪失してはじめて気づく奇跡的な毎日の有難さ。今は、悲嘆にくれた喪失感から立ち直ることで、『一期一会』の境地を胸に稽古に励んでいる。
 
 
○  S.Y(3組)  私と日本

人と違うことで変人扱いするこの国の性情は、流行に乗り遅れた「戦後日本」のままだ。すべての基準は多数派にあり、少数派は差別の憂き目に沈む。大人も大きな組織の歯車として自分の意見を封じ込まれていく。私は負けない。言うべきことをきちんと言える人間になりたい。卑屈さを克服しつつ…。
 
 
○  S.K(1組)  嘘
相手を安心させる嘘、自分を守る嘘、他人を欺く嘘…。嘘もいろいろ。河合隼雄いわく「嘘は常備薬、真実は劇薬」と。「嘘」をつき続ければいつしか麻痺し、かといって、「真実」を求めるのもこわいこと。とはいえ、夜空ゆえに輝きを増す星のように嘘のはびこる世の中に真実の光は限りなく尊い。
 
 
○  A.T(2組)  私的な幸福論
ため息を吐くと幸せが逃げていくという。この国では、いつしか自分の欲求を満たす幸福ばかりを求めるようになった。忘れまい。今、世界のどこかで衣食住もままならず人としての幸せを求めてやまない人がいることを。身近に「不幸」を口にする人がいる。そんなため息をつく暇があったら前を向け。
  
 
○  Y.M(3組)  生きる
あまりにあっけなく逝ってしまった祖母。その死を受けとめることは同時に今こうして生きていることの奇跡に気づくことにつながった。日野原重明は言う。「自分の命がなくなるということは、自分の命を他の人の命の中に残していくことである」と。ならば与えられた生を全うするのみ、あなたなりにわたしなりに・・・。
 
 
○  K.U(1組)  ダンボ
区別と差別とは別物である。時に不可欠な区別に対して、差別は人権を無視する。浅い知識が心ない差別の言葉を吐かせるのだ。私には忘れられぬ苦い過去がある。差別を前に何もできなかった辛い過去が。だからこそ誓う。勇気と覚悟をもって行動することを。からかわれた耳で大空を自由に飛び回ったあのダンボのように。

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