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「人はなぜ夢を語るのか」@男子部中学3年《今、私の思うこと》.

投稿日2013/2/14

まだまだ幼さの残る入学したての「彼ら」も、3年の歳月が流れ、見た目にも大きく成長を遂げたようです。
とはいえ、外見上のそれに対して、目に見えない心の成長ははたしてどこまで進んだのでしょうか。
 
今日の全体発表会では、そんな「彼ら」の確かな成長の証しを目の当たりにすることができました。
 
各クラスから選出された代表の5名全員に共通していたのは、
他力本願な受け売りや根も葉もない空虚な理想論でもなく、
あくまで自分自身の体験に立脚した発表であったということでした。
 
こうして自分の体験を語ることはしかし、同時に身を削るような痛みを伴うものです。
それを敢えて自分に課した「彼ら」の勇気に敬意を表すとともに、
その中から印象に残った「言の葉」を拾い集めてみました。 (発表順)
 
 
   男子部 中学3年 《今、私の思うこと》 全体発表会 
 

 
◆ 表と裏             
M.K (5組)
メリットとデメリットの両面が存在するように、光には常に陰影がつきまとう。それは、たとえば先生と生徒の相互作用によってはじめて授業が成り立つように、表裏一体の関係性を保っている。また因果関係もしかりである。優勝の陰には必ずや賞賛に値する要因というものがあるが、それだけに安座しておぼれていては、さらなる弱点や課題をその結果から学ぶことはできない。もちろん多くの敗者の存在も見逃してはなるまい。
 
 

 
◆ ペストとその共謀者たち   
H.M (1組)
ペストは、万人に対して災禍をもたらす戦争や恐怖政治のようなものか。あえてそれを卑近な生活の中に探れば、自分の正当性を信じて疑わぬ排他的な輩によって蔓延する腐敗した空気のなかにその影響を見いだすことができる。そうしてもたらされた道徳的腐敗は同時に政治的腐敗をもまねく。しかし、そんなペストの災禍がかえってきずなを強め共同体としての連帯感を深めることにつながるとはなんと皮肉なことか。
 
 

 
◆ ザ・ワールド          
R.M (2組)
時間とは、すべてに等しく流れているようにみえて、実際には、人それぞれ、その長短の感じ方は異なる。また、個人にあってもその時々で同様のことがいえる。これは、ひとえにわれわれが時間に操作されているからにほかなるまい。ならば、「なんとかなるさ」といった楽観を捨て去り、しかるべき計画や予定を立てることでわれわれの側が時間を支配、操作するようにしたい。この世に無駄な時間というものはないのだから。
 
 

 
◆ 『自己』を持つということ   
K.M (3組)
優柔不断、今の自分そのものだ。自信をもてずに、確固たる信念もないままに暮らす日々。しかし、そもそも自己主張と自己中心的発言とは異なる。それは他人の意見に耳を傾けてこそ成り立つものであろう。こうした本当の意味での自己表現の態度を身につけることは、自分自身の人生を豊かにすることのみならず、円滑な集団生活のためにも不可欠な姿勢といえる。もつべきものはしっかりと自己主張できる「自分」である。
 
 

 
◆ 人はなぜ夢を語るのか   
A.K (4組)
癌で逝った祖父は、最期までその事実を周囲に明かすことなく診療をつづけた。近しい人のこうした生き様によって私の将来の夢は固まったのだ。ところで、人はなにゆえ、自分の夢を他人様に語ろうとするのか。言い放った矢は、まぎれもなくプレッシャーとなって自分に跳ね返ってくるにもかかわらず。しかし、そのプレッシャーこそ生きる原動力となる。ゆえに勇気をもって口にしたい、「ぼくは将来医者になりたい」と。
 
 
 

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