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霜葉は二月の花よりも紅なり.

投稿日2022/11/16
2022.11.15 南庭にて

 

 雨も上がり、洗われた校内の木々の様子から、一段と色づく季節が深まってきていることをあらためて知る。
 
 過日、新聞の記事中にも採られた唐の詩人の詩の一節がその風景とまさに重なって見えてくる。
  
 
   山 行   杜牧
 
  遠上寒山斜石径
  白雲生処有人家
  停車座愛楓林晩
  霜葉紅於二月花
 
   遠く寒山に上れば 石径斜めなり
   白雲生ずる処 人家有り
   車を停めて坐に愛す 楓林の晩
   霜葉は二月の花よりも紅なり
 
   はるばると晩秋の寂しい山に登ってみれば、小石の小径が頂に向かって一筋続いている。
   白雲がわくような高い所にも 人の集う場があるとは感激ひとしおである。
   足をとめて紅葉する林にしばし見惚れてしまう。
   霜に洗われた紅葉は春先に咲く花よりも真っ赤に燃えるように美しい。

  
 さしずめ、詩中の「寒山」は「久我山」、「霜に洗われた紅葉」である「霜葉」は「雨葉」とでもなろうか。
 
 目に映ずる校内の景色が新緑の頃のそれのように一つの色に染まるのもまた絶景ではある。
 一方、刻々と色づき、その微妙な変化を雨が霜が洗いつつ天然のグラデーションを演出しながら、しだいに深紅色に染まり、さらに古色を帯びて侘び寂びの境地を見せていくこの季節もまた実に趣が深い。 
 
 とりわけ、この週末にサッカー・バスケット、そしてラグビーの各部が見せた偉業を祝福するように、「黄金」に輝く銀杏の眩しさは紅葉の中でも異彩を放っていると言わねばなるまい。
 

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