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竹林、紫陽花、池の面、みな涼しきかな.

投稿日2022/6/2

 
関東大震災により壊滅的な被害を受けた下町(深川など)の寺々が、宗派を越えて「集団疎開」して形成された由緒ある烏山寺町。
久我山台上のすぐお隣に広がっています。

今日は、女子部中学1年生が「交流プログラム」を兼ねて歴史探訪のひとときを過ごしたようです。
 
今は昔、江戸元禄花盛りの中、大衆メディアの浮世絵を、あえて包み紙としてヨーロッパに大量輸出したことで、かのゴッホをも魅了したとされる専光寺に眠る喜多川歌麿のしたたかさ。
 
そして、汚れにも染まらず清く生長してやまない高源院の「泥中の蓮」たち。
 
こうした寺町の佇まいに共通するのは、そこに覚悟を決めて居を構えた地元の方々の智慧と並々ならぬ努力によって創造されたものとあらためて感服するばかりです。
 
ひるがえって、現代のわたくしたちは、このコロナ禍のトンネルをいまだ抜け出せない渦中にあって、次世代にどんな足跡を残すことになるのでしょうか。
 

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