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「自分の時間をもつこと」 ~原田美枝子 「俳優」として母として~ 父母の会主催講演会.

投稿日2012/11/18

昨日、父母の会主催による「講演会」が、女優の、否「俳優」(ご本人のご意向にしたがって改めます…)の
原田美枝子さんをお迎えして行われました。
 
このたびは、かつてお子様が同じ幼稚園に通われていたという縁もあって、父母の会の元執行役員でいらっしゃったTさんとの対談形式で進められました。
 
仕事をつづけながら、すでに一番下のお子様も18歳となり3人の子育てにもようやく一区切りを迎えた今、「俳優」(女優)として「親」(母)として得たものはなんだったのか、その優しい語り口は同時に、俳優でもない母でもない一人の「人間」として在ろうとする確固たる信念のようなものを感じさせてくださいました。
 
会場にはまだまだ子育ての真っ只中にある在校生のご父母の方々が多数かけつけ、熱心に耳を傾けていました。
 
以下、印象に残ったやりとりから・・・(次ページへ)
 

T:「俳優」になろうと思ったきっかけはなんですか?
 
原田:13歳とき、『小さな恋のメロディー』を観て一気にそのキラキラ輝くラブストーリーに魅了されました。それからというもの、自分もあのキラキラと「光っている」ところへ行ってみたいと思って今まで過ごしてきたような気がします。
 
 
T:印象に残っている出演作品はなんですか?
 
原田:そうですね。それぞれに思い出深いものがありますが、『大地の子守歌』(76年)ではじめて演技することのおもしろさといったものを味わったような気がします。
そして25歳のとき、『乱』(85年)で黒澤明監督にお会いする事ができました。さらに『火宅の人』(86年)や『あゝ野麦峠』など忘れられない作品はたくさんあります。
 
 
T:最近はイケメン俳優の「母親」役が多くなり羨ましい限りですが…(笑) 役作りでのご苦労は?
 
原田:自分ではそんなことはないと思っていたのですが、どうやら周囲の方々によれば、逆に撮影所を出てもなかなかその役から抜け出せずにいたようです。
 
 
T:黒澤明監督を通じて得たものはなんですか?
 
原田:当時、黒澤監督の『七人の侍』などを通じて真剣にあの山田五十鈴さんを自分は越えたいと思ったんです。でも、実際には理屈で演技していたのでしょう、自分の演技の線の細さに愕然としました。「汚い芝居だ」とも評されました。
そこでいったい何が自分には足りないのかを考えました。結局のところ出した答えは、自分自身が実際の人生というものを精一杯生きなければいい演技は出来ないというものでした。
当時、若さも手伝って「大人はきらい」と思ってばかりもいました。でも、それからというもの、自分から心を開いていかなければダメなんだと心を入れかえるようになりました。
 
 
T:3人の子育てから学んだものはなんですか?
 
原田:母国語のように外国語を学ばせてきたことで、英語をはじめ私は子どもたちにどんどん追い越されてしまいましたが…(笑)、子どもというのは、一つのことがきっかけで多くを学ぶ可能性を秘めているものなのですね。そしてやはり継続は力なりで、一つのことを学び続けることでその価値は大きく高まるものであることも。
 
 
T:最近、新しい趣味が増えたとか…
 
原田:はい、ペン習字をするようになったことで、50歳をこえてようやく自分の名前がきちんと書けるようになってきました。
それから、乗馬。自分でもちょっと上手くなってきたなと調子にのると落馬してしまうんですね。もっともあの武豊さんだって落馬するんですから…(笑)それから馬は、乗り手のことをちゃんと見ていますから、乗るだけではなくきちんと世話をしてあげないといけません。なめられないようにね。
 
T:それって子育てにも通じるものですね。(笑)
 
 
T:ぜひ、ここにお集まりのお母様方へアドバイスを…
 
原田:おそらく、今お子様たちは自分の進路について悩んでいらっしゃる時期だと思います。
最終的には本人が「好きなこと」をさせてあげることが大切でしょう。好きな言葉に内田百閒の「君たちは一番好きなことを見つけ、その好きなことを仕事にしなさい。そしてその好きな仕事を一生懸命やりなさい」というのがあるのですが、うちの子たちにもそう伝えました。
でも、今の時代はあまりに仕事が細分化され過ぎて本当に好きなものがかえって見出しにくい状態にあるのかもしれませんが…。
 
 
T:ところで、毎日座禅を組んでいらっしゃるとか…
 
原田:はい。きっかけは松田優作さんでした。亡くなる2年前、座禅を組むことでそれまで以上にやさしくなられたんですね。その後、奥様と遺骨を受取に行った際にはじめて経験してみて…。
思うに、座禅に限らず、エゴの衣をたくさん身にまとった自我をいったん突き放してみることが大切なのではないでしょうか。
母であること、妻であること、そうした縛りから自分を解放して本当のかけがえのない自分の姿を感じることができたらいいなと思うんです。つまり、身も心もいったん空っぽにしてみる時間というか、それを一日のうちに5分でもいいからもつことだと思います。
そんな自由になれた母親や父親の姿を見て、おのずと子どもたちはのびのびとしてくるんです。
みなさんも時間に追われることから時間を忘れて自分だけの時間をもつことをオススメします。
加えて、子育てを終えたときから、自分にとっての本当の勉強の時間が始まるとも思います。
 
 
…その後の質疑応答のなかで、ご主人のことに話が及ぶと…
 
「…同じ俳優でもありますのでそのプライベート面については…
家では仕事のことはお互いに話しません・・・わかりすぎていますから。
夫婦としてほどほどの距離感を保っています。」
 
旦那様のことを、夫である前に、一人の「俳優」として大切に思うからこその愛情のこもったコメントでした。
「(よくぞきいてくれました!)うちのダンナったら、ああみえて家ではこうだしああだし!」などと人前でこのときとばかりダンナを糾弾してやまない、どこぞのおっかないおかみさんとは随分違いました。(笑)

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